悲鳴嶼行冥(ひめじまぎょうめい)と獪岳の関係は?過去の真実が泣ける!

『鬼滅の刃』の悲鳴嶼さんの過去を知ると涙腺崩壊です。
聞くも涙、語るも涙。
悲鳴嶼さんがいつも涙目なのは、世の無常を嘆いているのもあるのでしょうが、でも根底にあるのは子ども達に裏切られたトラウマにあるのではないかと、私は思います。

アニメしか見てない人は、悲鳴嶼さんの最期についてネタバレ注意です。

『鬼滅の刃』悲鳴嶼行冥(ひめじまぎょうめい)の過去の真実とは?

悲鳴嶼さんの母親は出産時に死亡、父親は病死、兄弟達は病気と飢えで亡くなり、たった一人生き残った悲鳴嶼さんは、お寺に引き取られて育ちました。
悲鳴嶼さんはそれから僧侶になって、孤児を引き取り世話していました。

貧しいながらも仲良くお互いに助け合い、本当の家族のように暮らしていました。
しかし、そんな幸せな日々は、長く続きませんでした。

ある日、寺の子供が一人暗くなっても戻らず、鬼と遭遇してしまい、その子供は事もあろうに自分が助かるために、寺の子供達を身代わりに鬼に命乞いをします。
その子供は鬼よけの藤の花の香りがするお香を消して、寺の中へ鬼を招き入れました。

そして4人の子供たちがすぐに殺され、悲鳴嶼さんは残る4人を守ろうとしますが、 3人の子供たちは彼の言うことを聞かずに出て行き、彼らはすぐ鬼に殺されてしまいました。

悲鳴嶼さんは呼び止めたのに無視して行ってしまった彼らを見て、自分を見捨てていったのだと思いました。

一番年下の女の子だけが、悲鳴嶼さんの言うことを聞き彼の後ろに隠れたので、自分の言うことを聞いてくれた彼女のために、悲鳴嶼さんは全力で鬼と戦いました。

そこで初めて悲鳴嶼さんは、自分が鬼と戦えるほど強いことを自覚し、夜が明けるまで鬼の頭を殴りつぶしました。

そして、夜が明けて鬼は朝日を浴びて消滅しました。
悲鳴嶼さんは、そこで多くのものを失い守れたのは、たった一人の四歳の女の子だけでした。

しかし、その幼女はすっかり混乱して、駆けつけてきた大人達に向かい、
あの人は、化け物。みんなあの人が、みんな殺した」と泣きながら言ったせいで、悲鳴嶼さんは殺人犯にされ処刑されることになりました。

こんなむごい冤罪って、ないですよね。

漫画とわかっていても、悲しくてやり切れない気持ちになります。

でも、これ程ひどくなくても、現実に人間関係で誤解したりされたりで、色んな問題が起きるのは、本当によくあることです。

これだけ尽くしたのに報われなかったら、人間不信になって恨みつらみの人生になってしまいますよ。

だがしかし、「捨てる神あれば拾う神あり」です!!

当時14歳だったお館様である産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)に助けてもらいました。
まさにお館様は、悲鳴嶼さんの命の恩人ですね。

君が人を守るために戦ったのだと、私は知っているよ。君は、人殺しではない」とお館様は、悲鳴嶼さんに優しい言葉をかけ親身になって助けたので、悲鳴嶼さんは鬼殺隊に入ることになりました。

生き仏のようなお館様の慈しみと温かさに、悲鳴嶼さんの心は救われたでしょう。
そうでなかったら、これ程深いトラウマを抱えて、まともに生きて行けなかったと私は思います。

そのとき、悲鳴嶼さんは18歳でした。
それから悲鳴嶼さんは、岩柱として鬼殺隊の中心となりました。

お館様が鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)をおびき出すため、自ら囮となり屋敷ごと爆破する計画を鬼殺隊の中でただ一人、岩柱の悲鳴嶼さんにだけ打ち明け遂行しました。

それこそ悲鳴嶼さんは涙を流しながら、その言葉に従い最後まで死力を尽くして戦い抜きました。(涙)

それだけ、お館様とも絶大な信頼関係があり、頼りにされていたんですねぇ。

悲鳴嶼行冥(ひめじまぎょうめい)の過去に助けた子どもの名は、沙代(さよ)

悲鳴嶼さんが必死で助けた幼女の名前は、沙代です。

沙代は悲鳴嶼さんをとても慕っていたのに、混乱してとんでもない事を言ったせいで、悲鳴嶼さんを一気に奈落の底へと突き落としました。
悲鳴嶼さんは、自分が命を懸けて守った子供に裏切られたと絶望しました。

誰だってこんな仕打ちされたら、もう終わりですよね。
人間不信に陥って、心を閉ざしても投げやりになってもおかしくないです。
命をかけて助けた人に、こんなことを言われるなんて、あまりにも残酷です。

柱稽古の時に悲鳴嶼さんは、「子供というのは、純粋無垢で、弱く、すぐ嘘をつき、残酷なことを平気でする。我欲の塊だ」と炭治郎に語っていました。

悲鳴嶼さんは、なんとか仏の教えのように寛恕(かんじょ)の心で、子供達を理解しようと努めるものの、でも許せないというせめぎ合う気持ちで苦悩していたのでしょう。

その前の柱合会議では、炭治郎の言い分を無視して、
「なんとみすぼらしい子供 生まれてきたこと自体が可哀想だから殺してやろう」
「鬼に取り憑かれているのだ 。早く殺して解き放ってあげよう」と悲鳴嶼さんが言ったことが、独善的だという意見もありますが、柱として鬼殺隊の規律に従って言っているのであり、むしろ彼なりに炭治郎や禰豆子(ねずこ)を憐れんで言っているように、私には思えます。

そんな悲鳴嶼さんは、鬼舞辻無惨を倒した際致命傷を負い、息を引き取る前死んだ子供たちに会います。
彼らは悲鳴嶼さんに謝ってなぜ逃げたのかを説明し、そこでようやく真実が明らかになりました。

全て悲鳴嶼さんの誤解でした。
子供たちは逃げたのではなく、ある者は武器(農具)を取って来ようとして、ある者は人を呼びに行こうとして、悲鳴嶼さんを守ろうとしたのでした。

真実を知った悲鳴嶼さんは、全ての苦しみから解放され、愛する子供たちと一緒に旅立ちました。

最期に真実が分かって、みんな成仏できて本当に良かったとつくづく思います。

さて、生き残った沙代は、悲鳴嶼さんに濡れ衣を着せてしまった事を悔いて、謝りたいと思っていることを単行本16巻の中で描かれています。
どうも沙代は、あまりの精神的なショックのため人前でうまく喋れなくなってしまい、その後ずっと引きずっているように私には思えます。

お互いの想いが、うまく伝わらないのは本当に辛いことですね。

悲鳴嶼行冥(ひめじまぎょうめい)と獪岳(かいがく)との関係は?

獪岳(かいがく)は、悲鳴嶼さんの寺にいた子供です。
それも、鬼をひき入れた張本人です。

そもそも、なぜ彼が夜鬼に遭遇したのかというと、寺を追い出されたからです。
獪岳は寺のお金を盗んだことがバレて、ほかの子供達から責められ寺を出て行きました。
そして、事もあろうに鬼と遭遇した獪岳は、自分を追い出した子供たちへの腹いせもあったでしょうが、鬼に自分の命と引き換えに寺の子供たちを差し出しました。

幸い悲鳴嶼さんは、獪岳が追い出されたことを知りませんでした。
子供たちは悲鳴嶼さんにそのことを知らせず、獪岳は寝ていると嘘をつきました。

私は、悲鳴嶼さんが獪岳の悪事を知らなくて良かったと思います。
もし知ったなら、更にショックで打ちのめされただろうし、自分にも責任があると思って自責の念に駆られたでしょう。
それはあまりにも辛すぎるし、ひど過ぎます。

実際に桑島師匠は、弟子の獪岳の裏切り行為のため切腹して責任を取ったのだから堪りません。

無限城で悲鳴嶼さんが、獪岳に会わずにすんでほっとしましたし、代わりに善逸(ぜんいつ)が、きっちり仇うちしてくれたので、私は溜飲が下がりました。

最後まで、読んで下さりありがとうございました。

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