『鬼滅の刃』8巻第64話で、煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)と猗窩座との死闘から、煉獄さんの回想シーンで煉獄さんのお母さんが登場します。
母親は回想シーンしか出てなくて、公式ファンブック鬼殺隊見聞録にもプロフィールはなく、年齢、誕生日、旧姓も不明です。
『鬼滅の刃 煉獄杏寿郎外伝』を読んでいない方は、ネタバレ注意です!
煉獄さんのお母さんの名前と死因
煉獄さんのお母さんの名前は瑠火(るか)と言い、見た目からして芯の強い凛とした髪の長い美しい女性です。
私は彼女の花柄の綺麗な寝巻きを見て、もしかしたら花が好きなのかもと思いました。
瑠は、深い青い宝石の瑠璃(るり)を表し、清らかさ、高貴さ、神秘的な美しさを象徴しています。
まさに名前の通り、清らかで高貴な火のような女性のように見えます。
煉獄さんのお母さんの死因ついて公式に病名は書かれてませんが、一説では結核と言われてます。
私の見解では、結核だったのは炭治郎の父親だと思います。
炭十郎は目の下にクマがあり、見るからに痩せこけてしんどそうでした。
炭十郎の最期は「血を吐いて亡くなって」いたと、公式ファンブックの大正コソコソ噂話に書かれてました。
『鬼滅の刃』8巻第64話で描かれている瑠火は、ずっと病気で臥せっているようには見えません。
何の病気なのだろうと、首を傾げたくなります。
感染性の病気なら幼い子供に感染してしまうので、隔離していたはずです。
障子が開いているのは、晴れて気候も良くて気持ちがいいからでしょう。
幼い千寿郎が布団の上でスヤスヤ寝てたのは、快適だったからだと思います。
数コマの絵を見ただけで病名を推測するのは、不可能だと私は思います。
煉獄さんの母の名言・最後の言葉
煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)に信念の礎である教えを説き、多大なる影響を与えた母親の瑠火(るか)。
『鬼滅の刃』8巻第64話と66話、わずかしか登場してないのにも関わらず、そのインパクトは大きく、このセリフを聞くたびに私は泣いてしまいます。
私自身この教えが、世の中にもっと浸透すればいいのにと思います。
その教えは、以下の通りです。
「なぜ自分が人よりも強く生まれたのかわかりますか」
「弱き人を助けるためです」
「生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は、その力を世のため人のために使わねばなりません」
「天から賜りし力で人を傷つけること、私腹を肥やすことは許されません」
「弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です」
「責任を持って果たさなければならない使命なのです」
「決して忘れることなきように」
「私はもう長く生きられません」
「強く優しい子の母になれて幸せでした」
「あとは頼みます」
瑠火は涙を流しながら、息子の杏寿郎を抱きしめて言いました。
「母上俺の方こそ」
「貴女のような人に産んでもらえて光栄だった」と、息子の煉獄さんは母に感謝していました。
そして最期のシーンで煉獄さんは、「母上、俺はちゃんとやれただろうか。やるべきこと果たすべきことを全うできましたか?」と問うと、
「立派にできましたよ」と、母が微笑みながら答えたシーンは、私は何度見ても泣いてしまいます。
本当に理想的な親子関係ですよね。
無限列車編での煉獄さんの心の中は?
さて、『鬼滅の刃』7巻第55~56話の話になりますが、無限列車編で煉獄さんの夢の中に忍び込んだ娘が見たのは、炎の中の無意識領域でした。
無意識領域までも熱く燃えているって、どれだけエネルギッシュなんだと私は思いました。
通常魘夢(えんむ)の夢は本人の願望の夢であるのに、煉獄さんの夢は現実の出来事でした。
ということは、煉獄さんは願望がないという事なのでしょうか?
ただやるべき事を淡々としていたのでしょうか?
不思議です。
煉獄さんが家族の夢を見たのは、願望より気がかりなことのように思われます。
煉獄さんの父親は最愛の妻を亡くしてから、突然剣士を辞めてしまい、その上息子たちに冷たく、投げやりに対応するようになりました。
息子たちは困惑し、特に弟の千寿郎はつらくて悲しみましたが、兄の杏寿郎は弟を抱きしめ、「お前には兄がいる。兄は弟を信じている」
「どんな道を歩んでも、お前は立派な人間になる!」
「燃えるような情熱を胸に」
「頑張ろう!」
「頑張って生きて行こう!寂しくとも!」と励ましました。
ギュッと抱きしめられ「あとは頼みます」と言われた兄杏寿郎は、母の言葉通り自分が弟千寿郎を抱きしめ責務を果たそうとします。
鬼との戦いだけではなく、日常においても弱きもの困っている人を助けるのが責務だと、煉獄さんは認識していたと私は思います。
煉獄さん自身も父親にすげなく言われようとも、父に怒ったり非難することもなく、
「そんなことで俺の情熱はなくならない!心の炎が消えることはない!」
「俺は決して挫けない」と言い切っています。
この言葉は、弟千寿郎の前で虚勢を張って言ってるのではなく、まごうことなき本心から言っているのがよくわかります。
無意識領域とは、潜在意識でもあり深層心理でもあり、煉獄さんはそこが熱く燃えているのだから、どんな事があっても簡単に情熱の炎は消えないでしょう。
煉獄さんの心は、ありのまま全てを受け入れ、曇りなく熱く燃えているのだと私は思いました。
煉獄さんの無意識領域が、少しひび割れた石畳のようなのも何か象徴的ですね。
まさに石のように固い信念を表しているのでしょうか?
そもそも人の心は、容易にわかるものではないから、むしろそれで興味をそそられるのかもしれませんね。
煉獄さんの心が、これ程までに燃えているのは、代々炎柱の家系だからでしょうか?
それなら、父親の槇寿郎(しんじゅろう)も熱く燃えているはずです。
しかし、槇寿郎はまるで燃え尽きたように投げやりな人になってしまいました。
熱い炎の呼吸の使い手だけでは説明がつかない、「心を燃やせ」は杏寿郎の言葉であって、煉獄家先祖代々の言葉ではないのでしょうか?
そうしてその答えが、ようやくわかりました。
『鬼滅の刃 煉獄杏寿郎外伝』での母の言葉・名言
煉獄ファンなら、やっぱり『煉獄杏寿郎外伝』も読むべきだと思いますね。
煉獄さんのことが、更にわかります。
原作者吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)氏ではなく別の作者ですが、それでもよく描けていると私は思います。
煉獄さんがいつから「心を燃やせ」と言ってたのか、私は知りたいと思ってました。
そしてこの作品を読んで、すごく納得しました。
私の思っていた通り、煉獄さんも始めから強いわけではなく、日々の鍛錬の積み重ねで強くなったのだとわかりました。
だから、炭治郎は自分が弱いと、責めることも嘆く必要もないのです。
煉獄さんの言う通り、皆成長して強くなって行くのですから。
煉獄さんがこれ程強くなれたのは、やはり母親の教えが揺るぎない信念として、ブレることなく原動力としてあったからだと思います。
父親の槇寿郎は、心の支えであった妻を亡くすと脆くも崩れました。
しかし息子の杏寿郎は、愛する母親を亡くしても悲しみに暮れることなく、前向きに自分の責務をこなしていました。
この違いは、何なのでしょうか?
「心を燃やせ」に至ったいきさつ
『煉獄杏寿郎外伝』で煉獄さんが甲の隊士の時、下弦の鬼弐・佩狼(はいろう)との戦闘中の回想シーンで、母親瑠火が息子杏寿郎に向かって、
「煉獄家は代々続く鬼狩りの一族」
「炎柱の雅号は我らの誇りでもあります」
「貴方も父上のような立派な柱を目指しなさい」
「心に炎を宿すのです」
「悪鬼を燃やし尽くし」
「人を優しく照らしだす」
「心に太陽のような炎を宿した」
「炎柱になるのです」と言いました。
もともと煉獄さんは、明るく素直で優しい快活な少年だったから、母親の言葉をそのまま受け入れたのでしょう。
父親の槇寿郎は、この世の妻の存在は肉体の存在として頼っていましたが、息子の杏寿郎は母親の教えそのものを心の支えにして、母が亡くなってもあの世で見守ってくれていると思っていたから、父親のように嘆き悲しまなかったのだと私は思います。
激闘中の回想シーンで弟の千寿郎が涙目で、「母上が亡くなられてから、父上もずっと床に伏したままです」
「父上も、母上のように天国へ行かれるのでしょうか?」
「ああ、そんなこと言わないでくれ千寿郎」
「父上もいつかきっと立ち直ってくれる」
「俺も煉獄家の長男として」
「強くなる。強くあらねばならない」
「泣くな杏寿郎」
「飲み込まれてしまうな」
「その悲しみもいつかきっと大切な力になる」
「約束したのだ母上と」
「弱き人を助けると」
「柱になると」
だから、煉獄さんは無限列車編の死に際で亡き母親に会った時、
「母上」
「俺はちゃんとやれただろうか」
「やるべきこと果たすべきことを全うできましたか?」と即座に尋ねたのだと思います。
「立派にできましたよ」と、母親から褒められ喜ばれ、煉獄さんはやり遂げて感無量だったでしょう。
煉獄さんの最後の血まみれの笑顔を見て、私はそう思いました。
煉獄さんのお母さんが、ちゃんとあの世から迎えに来てくれて、煉獄さんは何も思い残さず、愛する母親と一緒にあの世へ旅立って行ったのだから、私もあまり悲しむものではないなと思いました。
何だかとりとめのない文章になってしまい、「心を燃やせ」のいきさつから脱線してしまったので話を戻します。
「心を燃やせ」を開眼したのは、炎の呼吸奥義玖(く)ノ型煉獄を発動した時です。
下弦の鬼弐と戦うまでは、「心を燃やせ」とは言ってなかったようです。
ただ煉獄さんは母の教え通り、心に炎を宿し鼓舞して、「心に太陽のような炎を宿した炎柱になる」とひたすら鍛錬してきました。
煉獄さんは下弦の鬼弐・佩狼との激しい死闘の中で、今まで心に宿していた炎を一気に爆発させるべく、
「燃やせ!」
「燃やせ!」
「心を燃やせ!!」と、
全身全霊命ごと浴びせる渾身の斬撃、奥義玖ノ型煉獄を放ちました!
煉獄さんは満身創痍(まんしんそうい)で佩狼を倒しました。
佩狼も一人の武士として人の心に戻り、「いい太刀筋だ」と煉獄さんに感心して消滅していき、なかなか見応えのある場面でした。
そして煉獄さんは朦朧とした意識の中で、
「見てますか母上」
「杏寿郎は約束を果たしました」と、空を見ながら亡き母に問いかけていました。
これなのです!
父親の槇寿郎と息子の杏寿郎の違いは、ここなのです。
槇寿郎は失った喪失感だけに囚われていましたが、杏寿郎はずっと母の教えと約束が胸にズシンとあって、あの世の母親と常に繋がっているから悲しみに囚われないのです。
むしろ悲しんでいる暇があったら、鍛錬してもっと強くなり炎柱の責務を果たさねばならないと、杏寿郎はそれのみに専念していたのです。
槇寿郎はどうせ自分がどうあがこうが、始まりの呼吸の剣士のようにはなれないし、無駄だと自分で見切りをつけてしまったのに対し、杏寿郎は無惨討伐が出来る出来ないの問題ではなく、自分の責務を全うする、この一点のみなのです!
余計な雑念、感情が一切ない簡潔明快、煉獄さんの性格そのものだと私は思います。
煉獄さんは十二鬼月を倒し晴れて炎柱となった時、
「母上」
「あの日点いた心の火は」
「今でも絶えずこの胸に」
「煉獄家の長男として責務を果たしてみせます」
「必ず」と、あの世の母親に決意表明しているのだから、やっぱり煉獄さんは凄いよなぁと改めて思いました。
これらの作品を通して、私は煉獄さんから「心を燃やせ」と、もう一つ大切な言葉をもらいました。
「その悲しみもいつかきっと大切な力になる」
私もこれからつらくて悲しくなっても、この言葉を自分に言い聞かせ、煉獄さんの熱い想いと言葉を心の支えに、これからも生きていこうと思います。
最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。
他にも煉獄さんの「心を燃やせ」の意味について、考察した記事がありますので、詳しく知りたい方はこちらのページをご覧くださいませ。☞「心を燃やせの意味とは?」

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