『鬼滅の刃』上弦の壱・黒死牟(こくしぼう)について、まさか熱く語りたいと自分自身思いもよりませんでした。
私の黒死牟の第一印象は、目が6つあるキモい鬼で、縁壱をやたら妬み憎んでいるうっとしい奴と毛嫌いしていました。
しかし、何度も漫画を読み返していくうちに、段々黒死牟の気持ちが伝わって来て、兄弟間でのコンプレックスは、誰しも色々あるよなぁと思うに至りました。
ネタバレ注意です!
黒死牟(こくしぼう)の過去とは?
私ははじめ黒死牟(厳勝)と縁壱が、どっちが兄か弟かごっちゃになってましたが、『鬼滅の刃』20巻第174話の黒死牟の回想シーンで、ようやくよくわかりました。
黒死牟の人間時代の名前は、継国厳勝(つぎくにみちかつ)と言い、縁壱(よりいち)と双子の兄弟でした。
継国家は領主の家柄のようで戦国時代、双子は跡目争いの原因になるとされ、なおかつ縁壱には生まれつき痣があり不吉だと父親が殺そうとしたところ、母親が烈火の如く怒り狂ったため縁壱は殺されず、10歳になったら出家させることになりました。
兄の厳勝も縁壱が衣食住すべてにおいて、自分とは大きな差で育てられるのを見て、縁壱を可哀想だと思い、父親の目を盗んで遊びに行って関わっていました。
そして、厳勝は自分の持ち物を縁壱にやると父親に気づかれるので、自分で笛を作って渡しました。
笛の由来と、どんな想いがあったのか?
では、なぜ厳勝(みちかつ)は、縁壱(よりいち)にわざわざ笛を作って渡したのでしょう?
『鬼滅の刃』21巻第186話の縁壱の過去の話で、その答えがわかりました。
厳勝は縁壱に「助けて欲しいと思ったら吹け」
「すぐ兄さんが助けに来る」
「だから何も心配いらない」と、父親に殴られて腫れた顔で笑いながら言いました。
厳勝は縁壱の耳が聞こえないから喋れないと思っていたので、それで助けを呼ぶための笛を縁壱に渡したのでした。
その頃の厳勝は、忌み子として疎ましがられる弟を守ってやろうとしていたのでした。
しかし、縁壱は実は喋れて、尚かつ生まれつきの特別な視覚と、それに即応する身体能力を持ち、自分より遥かに剣術に優れていたのを厳勝は知って大いにショックを受けました。
今まで弱くてみじめな奴だと哀れんでいたのに、自分より遥かに強い剣士だという事実が厳勝には受け入れられなかったと思います。
厳勝はひたすら剣の道を究めていたのに、縁壱に比べて自分が劣っているのが悔しくて、自分がどうあがこうが無理だと分かってしまって尚更つらかったと思います。
「類稀なる神童の前では、望む者の下へ望む才が与えられれば、どんなに良いだろう」と、厳勝が嘆く気持ちは私もよくわかります。
誰しも自分より才能があったり、幸運だったり、何でも持っている人を羨んだり妬んだりしてしまいます。
特に自分が必死でやっているのに上手く行かず、事もなげに簡単にやってのける人を間近に見ると、もうどうしようもなく自分自身悔しさとみじめさが倍増してしまいます。
そのうえ厳勝と縁壱の立場が逆転して、家を継ぐのは剣術の優れた縁壱で、厳勝は自分が十歳になったら寺に追い出され、侍になる夢は叶わないと危機感と不安に襲われました。
天才縁壱のように強い剣士になりたかった厳勝。
いつも母親の体にしがみついていた縁壱は、実は母親が何年も前から左半身が不自由であったので、母を支えていたのだと母親の日記を読んで知った厳勝は、全身が焼け付く音を聞くくらい嫉妬の炎がめらめらと燃え、縁壱という天才を心の底から憎悪しました。
私自身もこれ程でもないですが、必死で頑張ったのに報われず、かたや簡単にスイスイやっている人を見て、悔しくて大泣きしたことがあります。
だから厳勝に感情移入してしまって、あの時の自分を重ねて見てしまいました。
縁壱は母親が亡くなると、その日に家を出て行きました。
それから厳勝は、そのまま十年余りが過ぎて家督を継ぎ妻子を持ち、平穏に暮らしていました。
しかし、厳勝が野営地で鬼に襲われた時、図らずも行方をくらました縁壱に出会ったのでした。
その時、再び厳勝は妬みと憎しみが燃え上がり、胃の腑を焼くくらい激しかったのに、縁壱の強さと剣技をどうしても自分の力としたかったので、妻子も家も捨てて縁壱と同じ鬼狩りになりました。
厳勝の呼吸は?
縁壱は誰にでも剣技や呼吸を教えましたが、誰も縁壱と同じようには出来ないので、縁壱はそれぞれの能力に合わせて呼吸法を変えて指導しました。
厳勝は結局日の呼吸は使えず、その派生の月の呼吸でした。
厳勝も縁壱と同じように痣が発現しましたが、相変わらず縁壱を超えるほど強くなれず、もっと鍛錬すればいつか縁壱に追いつくのかと口惜しさで懊悩していました。
厳勝(みちかつ)は、なぜ鬼になったのか?
そんな時、痣の発現者がバタバタと死に始めたので、厳勝は「痣は寿命の前借りに過ぎず。全盛期はすぐ終わる」
「私には未来が無い。鍛錬を重ねる時間も残されていない」と、苦悩している時に無惨が現れ、「ならば鬼になればよいではないか」と誘われました。
「鬼となれば無限の刻(とき)を生きられる」
「お前は技を極めたい」
「私は呼吸とやらを使える剣士を鬼にしてみたい」
「どうだ?お前は選ぶことができるのだ。他の剣士とは違う」
「私が心底願い欲していた道は拓かれた」と、厳勝はここで何のためらいもなく言われるままに無惨の配下となりました。
私はこの厳勝の「私には未来が無い。鍛錬を重ねる時間も残されていない」と言う台詞から、厳勝はすでに24歳で25歳を目前にして、死を意識していたのだと思いました。
だから易々と無惨の誘いにのって、鬼になったのだと思います。
厳勝にとって、縁壱より強い剣士になるためなら、鬼になった方が無限の時の中でひたすら剣技を極められる、ただその一念だけで良心も正義もしがらみも全て捨て、不死身の肉体を手に入れました。
黒死牟(こくしぼう)は、継国縁壱(つぎくによりいち)を食べたのか?
『鬼滅の刃』20巻第178話の回想シーンで、黒死牟の縁壱と予期せぬ邂逅のエピソードが描かれていました。
以下、黒死牟の独白です。
「お前はまたしても私の前に現れ、理(ことわり)さえ超越した存在であると見せつけた上、寿命で死亡し勝ち逃げた」
「誰も…あの方でもお前に勝つことはできなかった」
「誰一人として縁壱に傷をつけることすら叶わなかった」
「何故だ?」
「何故いつもお前は私に惨めな思いをさせるのだ?」
「憎い。憎い!!」
ここで少年縁壱が、嬉しそうに「いただいたこの笛を兄上だと思い」と目に浮かんだので、黒死牟は真ん中の両目から涙を流し、左下の目からも涙が出て、
「もうやめろ」
「私はお前が嫌いだ」
「お前の顔を見ただけで吐き気がする」
「お前の声を聞くだけで腹が立ち、顳顬(こめかみ)が軋む」
「それなのに何百年も生きていて、鮮やかに記憶しているのは一番忘れたいお前の顔」
「鬼の目にも涙」という諺がありますが、まさに上弦の鬼・壱の黒死牟が涙を流すことは余程の事だと私は思います。
とっくに死んでいるものと思っていた弟縁壱が、老いさらばえた姿で現れただけでも衝撃なのに、更に縁壱に「お労(いたわ)しや兄上」と涙を流しながら言われたので、なおのこと動揺してしまったのでしょう。
縁壱はもともと感情を表さなかったのに、この時は涙を流し悲しみがにじみ出ていたので、黒死牟もさすがに生まれて初めてこみ上げてくるものがありました。
この時の黒死牟は弟を殺すことに戸惑いを感じ、「全盛期を過ぎ脆い肉体の老人」と縁壱をみなしています。
黒死牟は奇妙な感傷を感じていましたが、この感動の再会も束の間、縁壱の方から刀を抜き、もう少しで黒死牟は首を斬られるところで、縁壱は寿命が尽き立ち往生で亡くなりました。
その後憎悪に満ちた黒死牟は、縁壱の体を真っ二つに切り裂きました。
漫画では地面に横たわっている縁壱の亡骸に刀が描かれておらず、そこには「お前の顔を見ただけで吐き気がする」とだけ書かれています。
この一連の流れを見ていくと、黒死牟の奥底に眠っていた人の心が呼び覚まされ、兄弟の情愛が沸き上がり、憎しみと妬みの葛藤で心は千々乱れてしまったので、黒死牟が縁壱の亡骸を食べたとは私にはどうしても思えないのです。
それに「吐き気がする」とまで言ってるので、そもそも食べられないのではないかと思います。
鬼であるなら人を食べるのが当たり前で、ましてや天才剣士の肉体であれば、自分の能力に吸収し更にパワーアップ出来ます。
しかし、黒死牟は縁壱が絶命した時は、鬼ではなく人に戻っていたので、縁壱の形見として笛と刀を持ち去ったのでしょう。
その後黒死牟は、縁壱の日輪刀をどうしたのでしょうか?
その方が、謎ですね。
黒死牟の最終形態の死亡シーンがエグイ!誰が倒した?
『鬼滅の刃』19巻第165話~20巻第178話までが、黒死牟と時透無一郎(ときとうむいちろう)と不死川実弥(しなずがわさねみ)、不死川玄弥(しなずがわげんや)、悲鳴嶼行冥(ひめじまぎょうめい)との死闘シーンと黒死牟の回想シーンが描かれています。
ようやく『鬼滅の刃』20巻第175話で、霞柱の無一郎が真っ二つにされても、万力の握力で赫刀を発動し、玄弥も最後の力を振り絞って血鬼術で黒死牟を固定させ、岩柱の悲鳴嶼と風柱の実弥が、黒死牟の頸を叩き落しました!!
だがしかし、なんと執念で黒死牟は頭を生やし、もう人の顔ではなく化け物の醜い姿となり果てました。
いやもう壮絶で、黒死牟のエグイ姿に私は、執念の塊としか見えませんでした。
ほんと気持ち悪くて、このままずっと再生するのかと思いきや、実弥の刀に映った自分のおぞましい姿に黒死牟自身が愕然として、悲鳴嶼と実弥の追撃を受け、体がボロボロに砕け散っていきながら、次は黒死牟の走馬灯のような回想シーンが展開しました。
血みどろの戦いから一変して、今度は幼少期の思い出が描かれていて、黒死牟の人の頃の想いと鬼の酷さとのコントラストが際立ち、この話の構成力というか表現力は、なかなか見事だなと私は思いました。
『鬼滅の刃』は全体を通してこのパターンですが、読者を釘付けにして話にのめり込ませるものがあります。
黒死牟の最期で、なぜ真っ二つの笛を持っていたのか考察!
「お前が嫌いだ」と縁壱に対して言っておきながら、最期の消滅で残ったのが、縁壱にあげた笛だったので、私は始め黒死牟の錯綜した矛盾だらけの言葉が理解できませんでした。
黒死牟の縁壱への固執と執念深さに、私は正直辟易(へきえき)しました。
『鬼滅の刃』20巻第178話で、黒死牟の最後の独白で、
「道を極めた者が行き着く場所は同じだと、お前は言った」
「しかし私は辿りつけなかった」
「お前と同じ世界を見ることができなかった」
「日の呼吸の型を知る剣士も、お前の死後あの方と私で徹底して殺し尽くした」
「それなのに何故お前の呼吸は残っている」
「何故私は何も残せない」
「何故私は何者にもなれない」
「何故私とお前はこれ程違う」
「私は一体何の為に生まれて来たのだ」
「教えてくれ縁壱」と終わっていました。
黒死牟は、縁壱になりたかった。
縁壱のように剣技を極め、頂点に立ちたかった。
最期の黒死牟は、兄厳勝に戻ってひたすら弟縁壱に思いをぶちまけてました。
そもそも厳勝にしてみれば、可哀想な弱い弟と思っていたら、実は自分よりはるかに優秀で、それ自体素直に受け止められず、憎くて悔しくて、何が何でも弟より強くなりたい、負けたくない思いで一杯だったのでしょう。
兄弟の情愛が根底にあるからこそ、自分の思うようにいかないことに腹を立て、弟を責めているのだと私は思います。
厳勝に決定的に欠如しているのは、感謝の心だと思います。
縁壱は忌み子として、使用人同然の扱いを受けていたのに対し、厳勝は後継ぎとして大事に育てられました。
厳勝の方が、たくさん持っていて恵まれていました。
縁壱には殆ど自分のものはなく、ただ母親から貰った耳飾りと兄から貰った笛だけでした。
縁壱は父親から酷い扱いをされても恨むことなく、エゴというものがなく、家族みんなが幸せであるのが自分の幸せと思っていました。
縁壱が強いのは、執着や雑念など何ものにもとらわれず無我の境地で、自分の力を最大限発揮し、日の呼吸の型がまるで舞のようなのは、自然のエネルギーと循環しているからだと私には思えました。
厳勝が「足るを知る」を理解していたなら、もっと違った人生を送れたでしょう。
厳勝は自分が色々恵まれてることには目もくれず、ただひたすら無いものねだりをして、それで全てを失ってしまいました。
それに厳勝の最大の悩みは、死んだら終わりだと思い、死ぬことが恐ろしくてたまりませんでした。
そのうえ自分独りで全てを得ようとし、人に託すとか、人を育てようとか全然念頭にありませんでした。
自分の存在価値は強さのみで、他に価値を見出そうともしませんでした。
黒死牟が自分の思い込みと執着を手放せば、いちいち縁壱に聞くまでもなく、自分が何の為に生まれて来たのかわかるでしょう。
「何故私は何も残せない」と黒死牟は言ってましたが、自分では気づいてないだけで、彼はちゃんと残すことが出来ました。
『鬼滅の刃公式ファンブック鬼殺隊見聞録・弐』の大正コソコソ噂話で、「お気に入りの猗窩座(あかざ)に入れ替わりの血戦を申し込まれた時には嬉しかったようで、喰わずに生かしておいた(通常喰って吸収する。あくまで無惨の許可制)」と書かれていました。
黒死牟は猗窩座を殺さなかったので、猗窩座は最期炭治郎と戦い人間に戻ることが出来ました。
もし黒死牟に吸収されていたなら、ずっと猗窩座は鬼のままだったでしょう。
黒死牟はこうして間接的に猗窩座を救い、そして猗窩座の父親、恋雪(こゆき)と慶蔵の魂も救われたのだから、私は縁壱に成り代わってこの事だけは、黒死牟に教えてあげたいと思っています。
最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。

コメント