愈史郎の見た目と公式発表の実年齢に、みんな「ええ?」と思いますよね?
見た目が青年なのに、35歳って!
身長もギャップがありますよね。
その理由や鬼になった過去のエピソード、獪岳への名言も解説します。
ネタバレ注意です!
愈史郎(ゆしろう)の年齢と身長のギャップの理由
愈史郎の年齢については、『鬼滅の刃公式ファンブック鬼殺隊見聞録』の2冊とも書かれていませんが、公式ファンブック・弐の方で身長157cm、体重51㎏と明記されています。
2017年6月発売のジャンプGIGA vol.3の付録小冊子「鬼殺隊特別報告書」の大正コソコソ噂話に、愈史郎のキャラ紹介で、実年齢35歳と明記されています。
ちなみに「鬼殺隊特別報告書」は、メルカリで購入できます。
年齢といっても、人が鬼になった場合、肉体年齢と実年齢とわけて明記されています。
これを区別しないと、わけがわからなくなります。
鬼の年齢は、人間であったときの肉体年齢と、鬼になってからの年齢をあわせた年齢を実年齢とします。
しかし、この実年齢と肉体年齢の解釈が、読者の間で一致してないように私には思えます。
たいてい実年齢とは、鬼になる前と鬼になってからの両方の年数を足した年齢という意味にとらえている人が多いですが、中には実年齢を鬼になってからだけの年齢と、思う人もいるような…。
公式の明記の仕方が、実年齢と肉体年齢と区別しているので、肉体年齢は鬼になった時の年齢だということでしょう。
公式ファンブック・弐で、珠世の肉体年齢は19歳となっています。
珠世は戦国時代に鬼になったのか、それより前なのか不明ですが、実年齢は数百歳ということになりますね。
さて愈史郎の場合、肉体年齢が15歳前後とか、16歳、十代半ばから後半という人もいて一致してません。
つまり、愈史郎が何歳で鬼になったのか不明なので、肉体年齢については、色々推測が言われています。
見た目通り十代なのは、鬼となって年を取らないから、少年のようにも見えるし、青年のようにも見えるわけですね。
ということで、愈史郎は15歳か16歳、十代後半で鬼になり、そのまま約20年ぐらい鬼として生きたことになります。
だから見た目が、35歳に見えないんですね。
でも、愈史郎の言動を見ても、私は子供っぽい気がします。
ワニ先生のコメントにも、「おとなげないです」と書かれてました。
よくよく考えてみると、世の中にも年齢より見た目が若い人や、子供っぽい人が多くいるし、まして不老不死の鬼なんだから、なおさら精神的にも若いままなのかもしれません。
『鬼滅の刃』には、鬼以外でも常識外れの人がいっぱいいるから、私はあまり気にしなくなりました。
愈史郎の過去、なぜ鬼になったのか?
さて、愈史郎が鬼になった理由について: 愈史郎が不治の病で死にかけていた時、彼の治療をしていた珠世が、本当に人でなくなっても、生きたいですかと問いかけ、鬼になったらどうなるかを説明し、愈史郎に鬼になるかどうかを選択させました。
珠世は鬼でありながら人間社会の中で、医者の仕事をしていたようです。
愈史郎は珠世の説明を聞いて、鬼として生き続けることを選びました。
ちなみに『鬼滅の刃公式ファンブック鬼殺隊見聞録』の「大正コソコソ噂話」では、愈史郎は珠世に「雷が落ちたような一目惚(ひとめぼ)れ」だったと書かれてました。
だから愈史郎は、珠世とずっと一緒にいられると思い、よろこんで鬼になったんですね。
それから愈史郎は、珠世と医術の勉強をして、助手として手伝い、彼女のために鬼の採血用の短刀を作ったり、「紙眼」という血気術で呪符をはりつけ目隠しして、無惨の追跡から珠世を守ってきました。
愈史郎は、珠世が鬼化できた唯一の人間です。
愈史郎が、獪岳(かいがく)に言ったセリフとは?
「人に与えない者は、いずれ人から何も貰えなくなる」
善逸が獪岳と戦って、お互い相打ちのように無限城の下へ落ちていくところ、いきなり鬼殺隊の格好をした愈史郎がシレッとあらわれ、頭だけの獪岳に言ったセリフが、私の心に今も残っています。
私ははじめ見た時、どっかで見た顔だと思ったら、愈史郎だったので、「あれ?どうして?いきなり出てきの?」と思いました。
珠世から鬼殺隊の救護班で、みんなを助けるよう頼まれたので、はじめ愈史郎は珠世の言いつけに逆らえないから、嫌々していたようですが、結局彼は全力で鬼殺隊のために働きました。
私はこのツンデレなヤツだけど、一途に珠世命の愈史郎がカッコよく見えました。
愈史郎は自分のすべてを珠世にささげているから、「人に与えない者は…」の言葉には重みがあります。
「もらいたいなら、与えなさい」ということですね。
獪岳は自分を認めてほしいだけで、まわりの人を見下し、認めようともしませんでした。
獪岳は全てほしがるばかりで、人に何もしてあげなかったし、自分の能力より下の者は相手にしませんでした。
結局自分が見下していると、相手からも見下されるということですね。
「欲しがるばかりの奴は、結局何も持ってないのと同じ」
「自分では何も生み出せないから」
このセリフも、意味の深い言葉です。
これも『鬼滅の刃』の名言ですよね。
「独(ひと)りで死ぬのは惨めだな」と、愈史郎は獪岳に冷たく言い、獪岳は死にました。
この言葉は、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)の最期にも、あてはまると私は思いました。
余談ですが、無惨は最後必死に炭治郎を引きとめ、最強の鬼になろうとしました。
しかし、炭治郎はいっさい取りあわず、無惨は置いていかれたので、この一連のセリフ通りだなと私は思いました。
さて話を戻して、善逸は愈史郎の手当てのおかげで、なんとか命を取りとめ、村田さんがおんぶして運んでもらいました。
愈史郎は村田さん、竹内、善逸と行動していましたが、途中はぐれて竹内と二人になり、恋柱(こいばしら)甘露寺蜜璃(かんろじみつり)を見つけ、上弦の鬼・鳴女(なきめ)に近づくために、自分の正体をあかし、協力させる時の蜜璃ちゃんの反応が、おもしろかったです。
緊迫してハラハラドキドキなのに、思わず笑ってしまいました。
他にも話がありますので、くわしく知りたい方は、以下のページをご覧くださいませ。
『鬼滅の刃』アニメ番組終了で、劇場版になったのはなぜ?
『鬼滅の刃』無限城編は劇場版になって、なぜアニメ番組にならないのだろうと私は思いましたが、スポンサーがつかなかったとか、大人の事情があるんでしょうか?
それとも劇場版の方が、興行収入が高くて、ガッポリもうかるからでしょうか?
そんなことを思っていたところ、つい先日YouTubeで岡田斗司夫氏の番組を見て、衝撃を受けました。
アニメ制作会社は、アニメだけではもうからないと知り、私はショックでした。
日本のアニメは、今や世界のアニメ文化だと、私は思っていました。
それなのに、アニメの現場は火の車だなんて、ひどい話だと思います。
アニメ制作会社のufotableさんが脱税した背景には、アニメ制作の資金ぐりに困らないために、貯めておいたお金だったようです。
なんでもカフェ事業とグッズ販売で、もうけていたという話です。
脱税事件は、2021年の話です。
今になって(2026年)、私は知りました。
ずいぶん前の話を、今さらしても仕方ないですが…。
まぁそれはともかく、気を取りなおして、無限城のクライマックス!
無惨を倒した影の功労者は、珠世さんと愈史郎だと、私は思います。
ところで、劇場版無限城編の範囲は、鳴女(なきめ)が殺されて、無限城が崩壊するところまでなんでしょうか?
無惨が地上に出されてからの最終決戦は、また別のタイトルなんですかねぇ?
私としては、劇場版『鬼滅の刃』は2時間以上より、1時間半ぐらいの映画で、それぞれのキャラの戦いに分けて、オリジナルも交えつつ、コンスタンスに見られる方がいいなぁと思います。
たとえば、猗窩座(あかざ)と炭治郎と冨岡義勇の戦いだけで、童磨と胡蝶しのぶと栗花落カナヲ、嘴平伊之助の戦いは、また別の映画でした方がまとまっていて、見やすいのになぁと思います。
映画で話をつめ込み過ぎると、しまいになんだか疲れてしまいます。
集中力が途切れて、ただめくるめく情景に流されている感覚におちいります。
それでも、それなりに感動してしまうのが、鬼滅のすごいところだと思いますが…。
とりとめのないつぶやきになってしまいましたが、最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。


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