『鬼滅の刃』煉獄さんこと、煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)の言葉や生き方に、私も励まされました。
人それぞれの解釈の仕方、受け取り方があります。
意見は、千差万別です。
どれが正しいのかではなく、色々な見方、捉え方をお互い分かり合えるのが、一番いいのではないかと思います。
そういう事をふまえた上で、煉獄さんの名言について、語らせていただきます。
『鬼滅の刃』煉獄さん(煉獄杏寿郎)の「心を燃やせ!」の意味
「胸を張って生きろ」
「己の弱さや不甲斐なさに どれだけ打ちのめされようと」
「心を燃やせ」「歯を食いしばって前を向け」
炭治郎たちは自分たちが弱いばっかりに、煉獄さんを死なせてしまったと思い、意気消沈し無力感に襲われ、胸が張り裂けそうでした。
彼らが打ちひしがれ、どうしようもなく落ち込んでしまった時、煉獄さんが勇気づけ奮い立たせた言葉です。
「心を燃やせ」
まさしく炎柱(えんばしら)の煉獄さん、そのものの言葉です。
煉獄さんも生まれた時から、強かったわけではありません。
幼少の頃から、ひたすら剣術に励み、必死で鍛錬したからこそ強くなったのです。
だから、煉獄さんは炭治郎たちも、自分と同じように鍛錬して、強くなると確信していたのだと思います。
この言葉は心を奮い立たせ、まさに情熱を燃え上がらせますよね。
でも、「心を燃やせ」の言葉は、抽象的でもあります。
言ってることは分かるけど、なかなか気持ちが上がらないと思う人もいるでしょう。
そうです。
だから「胸を張って生きろ」と、煉獄さんは言っているのです。
「心を燃やせ」は、「胸を張って生きろ」と対になっていると私は思います。
心を燃やすためには、胸を張って生き、歯を食いしばって前を向く一連の行動がなければ、出来ないと思います。
胸を張って生きるとは、背筋をピーンと伸ばし深く息を吸って、胸を膨らませないと胸が張りません。
つまり生きることは、息をすること!
猫背で浅い呼吸では、胸が張れません。
全集中の呼吸といかなくても、腹式呼吸や腹圧呼吸をやり続けているだけで、格段に気持ちが変わります。
このように身体動作の言葉で、端的に的確な表現をしています。
実際生理学的に見ても、酸素をたくさん取り込まないと、体自体カロリー燃焼できないし、エネルギーがなければ元氣が出ませんからね。
元氣を出せないと、燃え尽きそうになった時、気持ちが冷めた時、心がぶすぶす燻っている時、もう一度燃え立たせる気になりませんよね。
その上に「歯を食いしばって前を向け」と、煉獄さんは更に言います。
歯を食いしばるとは、頑張って行動している時です。
そして、何かを成し遂げようとする意志の強さを表しています。
うつむくな、前を向いてまっ直ぐ前向きに生きろと、煉獄さんは言っているのだと思います。
煉獄さんがいつから「心を燃やせ」と言うようになったのかと、私は考えてしまいます。
煉獄さん自身もつらくて苦しくて、諦めそうになった時があったのかもしれません。
それに父親の豹変ぶりが、ショックだったでしょう。
あんなに優しくて頼もしかった父親が、どんどん冷たくなり、やさぐれて行く姿を見て辛かったと思います。
煉獄さん自身もめげそうになった時、自分を励ますために言っていた言葉だと、私には思えてなりません。
『鬼滅の刃』煉獄さん (煉獄杏寿郎) の名言について
「老いることも死ぬことも、人間という儚(はかな)い生き物の美しさだ」
「老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛(いと)おしく、尊いのだ」
この言葉も対になっていて、リズミカルで美しいですね。
日本語がこんなにも美しく思えるとは、透明感さえ感じるような気がします。
なんだか私は本居宣長の和歌「敷島の大和心を人問はば朝日に匂う山桜花」を思い出してしまいました。
朝日に輝く桜の透き通ったはかない美しさと、人の命と魂のはかない美しさと通じているように、私には思えます。
『劇場版鬼滅の刃無限列車編』の入場者特典小冊子「煉獄零巻」に収録されていた「煉獄零話」について
これがなぜわざわざ入場者特典になったのか、思わず私は考えてしまいました。
「煉獄零話(れんごくぜろわ)」は、煉獄さんが最終選別を終えて初任務についた頃の話でした。
同期の隊士が鬼に殺された場面での、煉獄さんの想いが痛切に伝わってきて涙がでました。
この想いが、「死ぬからこそ、堪らなく愛(いと)おしく、尊いのだ」という言葉につながっているのだと、私には分かりました。
煉獄さんの想いの抜粋は、以下の通りです。
誰かの命を守るため、精一杯戦おうとする人は
ただただ、愛おしい
清らかでひたむきな想いに
才能の有無は関係ない
誰かに称賛されたくて
命を懸けているのではない
どうしてもそうせずには
いられなかっただけ
その瞬間に選んだことが
自分の魂の叫びだっただけ
これほどまでに純粋でひたむきな想いを持ち、質実剛健と温厚篤実を兼ね備えた人は、そんなにいません。
煉獄さんは死んでしまったけれど、いつまでも皆の心の中で生き続けています。
私の心の中にも、煉獄さんは生き続けています。
『鬼滅の刃』煉獄さん(煉獄杏寿郎)の最期の言葉の魅力!
煉獄さんのこの名セリフは、まるで詩(ポエム)のように私には思えます。
これにメロディーを付ければ、立派な歌になります。
私は『鬼滅の刃』の作品には、どこか文学的要素があると思っていましたが、ずっと漫画を読んでいるうちに気づきました。
それは、言葉のリズムとセンス、表現力です。
素晴らしいです!
三宅香帆著『文体のひみつ なぜあの人の文章はつい読んでしまうのか?』を、私はまだ読んでいないので的確に言えませんが、意味もさることながら文体に音感もあるように感じます。
何となくですが、この作品の名セリフは、五七調が基本で±1字の字足らずや字余り、五五や七七と変則的になったりして、言葉がつながっているように思います。
それでリズム感が、いいのかなと私は思います。
まぁそれはさておき、私は煉獄さんの炭治郎への最後の言葉が、あまりにも素晴らし過ぎて、涙が思わず出てしまいました。
「歯を食いしばって前を向け」の後に続く最期の言葉は、以下の通りです。
音読すると、私は更に言霊(ことだま)を感じます。
君が足を止めて蹲(うずくま)っても
時間の流れは止まってくれない
共に寄り添って悲しんではくれない
俺がここで死ぬことは気にするな
柱ならば後輩の盾となるのは当然だ
柱ならば誰であっても同じことをする
若い芽は摘ませない
竈門少年
猪頭少年
黄色い少年
もっともっと成長しろ
そして今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ
俺は信じる
君たちを信じる
煉獄さんは、まごうことなき信念の人です。
だから、上弦の鬼・参の猗窩座(あかざ)と闘って何度やられても、ひるまず恐れずただ責務を全うすることが出来たのだと分かりました。
本当に想いをつないで行っているのですね。
感慨深いものがあります。
この作品を通して、私は人の想いと心と魂の絆を深く感じました。
最後まで、お読みいただきありがとうございました。

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