『鬼滅の刃』煉獄さんこと、煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)の父親槇寿郎(しんじゅろう)について語らせていただきます。
息子二人があまりに立派なため、すっかりダメ親父としてみなされていますが、私としてはなぜダメになってしまったのかを深掘りしてみました。
煉獄杏寿郎の父親の名前は、煉獄槇寿郎(しんじゅろう)で元炎柱だった
『鬼滅の刃』の煉獄槇寿郎の年齢について、公式発表はありません。
しかし、息子の杏寿郎が20歳で亡くなったのを踏まえると、推定年齢層は40代ぐらいが妥当ではないでしょうか?
煉獄家は代々鬼狩りの家系で、多くの柱を輩出した名門のようです。
始まりの呼吸の剣士または耳飾りの剣士でもある継国縁壱(つぎくによりいち)がいた戦国時代には、すでに鬼狩り(鬼殺隊)は存在しており、その当時縁壱と交流のあった炎柱は21代目だったと思います。
だから煉獄家は、今風にいうと鬼殺隊のエリートです。
柱になって当然の家柄。
煉獄家の強さは、鬼殺隊や産屋敷家では周知のことだったはずです。
そんな名門エリートの家系に生まれた煉獄槇寿郎ですから、精神的におかしくなるまでは炎柱として強い剣士でした。
煉獄槇寿郎(れんごくしんじゅろう)が、炎柱をやめ剣士までもやめた理由とは?
では、なぜ酒浸りの日々を送るようになったのでしょうか?
それは日の呼吸のことが書かれた「二十一代目炎柱ノ書」を読んでしまい、そこで大きな衝撃を受けたからです。
立ち直れないくらいの衝撃とは、何でしょうか?
この「二十一代目炎柱ノ書」の内容が、きちんと作中で明示されているわけでなく、槇寿郎の言葉と、ズタズタになった炎柱ノ書面の文字から推察されることが、色々ブログで言われています。
炎柱ノ書の内容は、日の呼吸の剣士と当時の炎柱との会話、日の呼吸の型は十三あることが書かれていたそうです。
炭治郎への手紙の中で槇寿郎自身がおかしくなってしまった理由が、『鬼滅の刃』10巻81話で端的に書かれています。
「自分の無能に打ちのめされていた時、畳み掛けるように最愛の妻が病死した」
「それから酒に溺れ蹲(うずくま)り続けた私は、とんでもない大馬鹿者だ」
と槇寿郎は書いていました。
これだけでは、大体分かったような気がするけど、でもまだモヤモヤしますよね?
柱も剣士もやめて人生までも投げ出して、酒で現実逃避してもみじめなままで、最愛の妻を亡くし心の支えを失ったのもあるでしょうが、それにしてもなぜ煉獄槇寿郎は、自分を無能と思い込んでしまったのでしょうか?
それを知る手掛かりが、『鬼滅の刃』8巻68話にあります。
『鬼滅の刃』煉獄慎寿郎は、なぜ炭治郎に怒ったのかを深掘り!
私は初めてアニメを見たとき、竈門炭治郎(かまどたんじろう)に怒鳴って喧嘩をするオヤジに、なんて奴だと炭治郎同様怒ってしまいました。
でも今冷静に漫画を読んで、煉獄槇寿郎の言葉をじっくりみていくと色々分かって来ました。
作中で煉獄槇寿郎が、炭治郎の耳飾りを見てビックリ!!して、
「“日の呼吸”の使い手だな?」
と言うなり、いきなり炭治郎に殴りかかり、止めに入った息子の千寿郎まで殴ったので、炭治郎がブチ切れて反撃すると、
「お前俺たちのことを馬鹿にしているだろう」と、槇寿郎が炭治郎をねめつけて言いました。
どうしていきなりこんなこと言うのか、不思議に思いませんか?
炭治郎も「どうしてそうなるんだ!!何を言ってるのかわからない!!言いがかりだ!!」と怒鳴り返しました。
なぜ「馬鹿にしている」と言うのか、この言葉の深層心理を理解しないと、煉獄槇寿郎がやさぐれてしまった理由が分からないと思います。
煉獄槇寿郎が続けて言うのは、
「お前が“日の呼吸”の使い手だからだ」
「その耳飾りを俺は知ってる書いてあった!!」
「始まりの呼吸」
「一番初めに生まれた呼吸」
「最強の御業(みわざ)」
「そしてすべての呼吸は “日の呼吸”の派生」
「全ての呼吸が “日の呼吸”の後追いに過ぎない」
「“日の呼吸”の猿真似をし劣化した呼吸だ」
「火も水も風も全てが!!」
「“日の呼吸”の使い手だからと言って」
「調子に乗るなよ小僧!!」
この言葉から察すると、日の呼吸の使い手がトップで、後は劣化版の二流・三流の使い手のヒエラルキー、いわば序列化して槇寿郎はみなしていると私は思います。
煉獄槇寿郎は名門の生まれで、なおかつ優秀有能な人であり、まさにそのような人は「エリート意識」で全てを判断していると私は思います。
エリート意識は選民思想にもつながり、「選ばれし者」という自負や優越感がある一方、自分より劣っている者を見下す傾向にあります。
だからプライドが高い煉獄槇寿郎は、トップの日の呼吸の使い手である炭治郎に見下されたと、ひがみ根性で思い込んでしまったのではないでしょうか?
見下す者は、自分が見下されることを恐れ、常に優位であるために固執します。
それと私が気になったのが、槇寿郎が「火も水も風も全て」と炭治郎に劣化した呼吸と言った時、なぜ炎と言わず火と言ったのかが不可解です。
「炎(ほのお)の呼吸を火(ひ)の呼吸と呼んではならない」と、代々伝承されているはずなのに、あえて炎と言わず火と言ったのは何故でしょうか?
煉獄家の先祖は単に「日」と「火」が同音のため、混同して間違えないために言っただけなのかもしれませんし、槇寿郎自身が厳格に炎と言わなくったって、火と言ったっていいじゃないかと思っていたのかもしれません。
それはともかく、他の呼吸が日の呼吸の派生であるから、劣化して価値がないと、どうして決めつけるのでしょうか?
それはあの最強の始まりの呼吸の剣士でさえ、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)を倒せなかったのだから、自分がいくら頑張ってもたかが知れていると槇寿郎は思い込み、それで自分自身に見切りをつけてしまったのでしょう。
この思考回路は、現代の挫折するエリートと共通していると私は思います。
完璧であるのが当たり前、それが欠ければ至らない所ばかり気になって、自分より下の者がそれを持っていようものなら、それだけで激しい嫉妬で許せず腹が立つ。
それで煉獄槇寿郎は、いきなり炭治郎に喰ってかかったのでしょう。
余談ですが、槇寿郎と同じような思考回路というか、捉え方をしていたのが、縁壱(よりいち)の兄厳勝(みちかつ)こと黒死牟(こくしぼう)です。
黒死牟も、縁壱に激しく嫉妬していました。
これについては、別のページで書いていますので、詳しく知りたい方はこちらをご覧くださいませ。☞「黒死牟はなぜ笛を持っていたのか」
さて話を戻して、このように人を見下していると、結局自分にはね返ってどれだけ自分自身を貶めているのかが、私はよく分かりました。
多かれ少なかれ見下すことはよくあるもので、自分も気を付けようと思いました。
『煉獄零話』で煉獄杏寿郎が、「父の気持ちは、父にしか解らないけれど」と言っていた通り、傍から見て全て分るものではありませんが、少なくとも私自身のモヤモヤがスッキリしました。
煉獄慎寿郎が、炭治郎にお詫びの手紙を送った経緯(いきさつ)を考察!
煉獄慎寿郎は竈門炭治郎と喧嘩して、炭治郎から思いっきり頭突きを喰らって目が覚めたのだと私は思います。
槇寿郎はその場ではわからなかったでしょうが、炭治郎と本音のぶつけ合いをして、お互い魂ごと揺さぶられたと思います。
炭治郎は澄み切った美しい心で、人に対して (時には鬼に対しても)誠実で思いやり深く接しています。
そんな人は、人に与える影響力や感化力が、とてつもなく大きいのです。
竈門炭治郎は、言葉以外のノンバーバル(非言語)コミュニケーションに長けていると、私には思えます。
陰気な人といると、自分も気が滅入りませんか?
煉獄杏寿郎の弟千寿郎(せんじゅろう)も愛する兄を失い悲嘆にくれ、その上陰気な酔っ払いオヤジといれば、尚のことお先真っ暗です。
そんな陰鬱(いんうつ)な中で炭治郎と出会い、千寿郎は父親に対してくすぶっていた胸のつかえがおりて元氣になり、父親慎寿郎に兄の杏寿郎の遺言を伝えました。
「体を大切にして欲しい」と。
槇寿郎にしてみれば、どうせ息子は文句を言って非難すると思っていたので、遺言など聞きたくないと思っていました。
でも、千寿郎は怒鳴られてもひるまずに、そっと父親に伝えました。
そこで槇寿郎は、息子杏寿郎の優しさに触れ、その思いやりの言葉に滂沱(ぼうだ)の涙を流し、やっと本来の自分に立ち戻れたのだと私は思います。
父親慎寿郎は泣くことで、今までのわだかまりや思い込みも洗い流せたのだと私は思います。
そして煉獄槇寿郎は自分の愚かさに、ようやく気づくことが出来ました。
千寿郎も炭治郎と思いを共感し打ち解けたことで、もう父親にビクビクせず言うべき事が言えたのだと思います。
炭治郎は筆まめなので、色んな人と文通してましたが、千寿郎は炭治郎の手紙をとても楽しみにしていました。
そうして、息子千寿郎が炭治郎と文通して明るくなって行くのを見て、父親慎寿郎は炭治郎に感謝とお詫びと日の呼吸についての手紙を書いたのだと思われます。
以上、最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。
他にも、父槇寿郎と息子杏寿郎の違いについて、考察したレポートがありますので、詳しく知りたい方は以下のページをご覧くださいませ。


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