『鬼滅の刃』1巻第4話~第8話で出てくる少年錆兎(さびと)は、死んでいるはずなのにいきなり出てきました。
この謎の少年と義勇の関係について、考察してわかりやすく解説します。
ネタバレ注意です!
冨岡義勇と 錆兎の 関係と年齢について
『鬼滅の刃』15巻第130~131話で、義勇が炭治郎に錆兎のことを話します。
アニメ『鬼滅の刃』では、柱稽古編第2話です。
義勇と錆兎は、同じ年齢です。
錆兎が生きていたら、義勇と同じ21歳でした。
しかし、錆兎は13歳か14歳のとき最終選別で亡くなりました。
元水柱・鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)は育手として、鬼殺隊に入りたい者たちの訓練をしていました。
入隊希望者は、たいてい鬼に身内を殺された者たちのようです。
義勇と錆兎は鱗滝の弟子で、錆兎のほうが兄弟子のように見えます。
実際どっちが、先に弟子になったのかは不明です。
公式ファンブックやライトノベルにも情報がほとんどないからです。
錆兎には、もともとリーダーとしての素質があるようで、すべて取り仕切っていたと私は思います。
義勇の言うように、錆兎は正義感が強く心の優しい少年でした。
それに男気があって、みんなから慕われ、頼りにされていた人柄のようでしたね。
錆兎は宍(しし)色の髪で口に大きな傷がありますが、その傷がなんだか男の勲章みたいに見えるような…、見るからに颯爽(さっそう)として、カッコイイなぁと思わせるところがありますね。
二人とも大事な家族の形見の着物を着ていたので、すぐ仲良くなったのかもしれません。
錆兎は父親の着物、義勇は姉の着物を形見として、大事にしていました。
義勇と錆兎は、おたがい親友同士でした。
『鬼滅の刃』23巻最終話で、錆兎は生まれ変わって、また義勇の子孫の義一と親友になっているからです。
冨岡義勇の羽織への思い入れについて
ここで余談ですが、伊之助が義勇のことを「半々羽織(はんはんばおり)」と呼んだわけは、義勇が姉の着物と錆兎の着物をつなぎ合わせ、左右非対称の布で仕立てた羽織を着ていたからです。
義勇がどれだけこの形見の着物を大切にしているかが、『鬼滅の刃公式ファンブック鬼殺隊見聞録・弐』の「大正コソコソ噂話」に書かれていました。
「義勇さんの羽織は、決戦でボロボロになってしまったのですが、禰豆子が綺麗に繕ったそうです。
元々の形見の布地はかなり減ってしまいました。
ですが殆ど元通りになったので義勇さんは感動して、禰豆子に山ほどのプレゼント(着物、洋服、髪飾り、宝石)を送っており、善逸から敵認定されています」
「義勇さんは戦いのあと昏睡状態になり、一時危険な状態で、禰豆子が繕った羽織をかけて毎日、戻って欲しいと呼びかけていました」
この形見の着物には、錆兎と蔦子(つたこ)姉さんの想いが宿っていて、義勇はずっと二人に守られていたんだなぁと私は思いました。
義勇がこれほどまでに形見の着物にこだわるのかは、やはり亡き人への想いの深さなんでしょう。
義勇は人づきあいが下手で関わる人は少ないけれど、情深く相手を大切に思っているんですね。
私もこれを知って、感動しました。
禰豆子は縫物が得意なのもあって、いつも自分や家族の着物をつくろっていました。
禰豆子の腕前にも、私は感服しましたね。
錆兎の過去
錆兎の過去については、公式にくわしいことはわかりませんが、錆兎は父親を鬼に殺されたとき鬼殺隊の隊士に助けられたのか?
それとも、その場にいなかったので助かったのか、とにかく何らかの形で鬼殺隊の存在を知り、入隊するために鱗滝のところに来たのでしょう。
錆兎が何歳のとき、鱗滝の訓練を受けたのか不明ですが、入隊希望者の訓練期間はだいたい1年ほどだから、義勇とほぼ同時期に入ったか、少し前に入ったのでしょう。
そうなると、義勇と同じ13歳で1年ぐらいか、それとも1年もかからず訓練して、最終選別を受けたと思います。
最終選別で錆兎は、大活躍しました!
錆兎一人で藤襲山(ふじかさねやま)の鬼を倒したので、錆兎以外の全員が死なずに受かりました。
こんな素晴らしい快挙を成しとげたのにも関わらず、当の本人は帰らぬ人となりました。
錆兎の死亡シーンについて
『鬼滅の刃』1巻第7話で、錆兎がなぜ死んだのかを手鬼が、錆兎の最後をうれしそうに炭治郎に語っていました。
錆兎が手鬼の喰ったなかで一番強かったが、それでも手鬼の首の守りのほうが硬くて、錆兎は手鬼の首を切りそこねたとき、日輪刀が折れてしまい、なすすべもなく錆兎は手鬼に頭を握りつぶされ殺されてしまいました。
あぁ錆兎は、なんともエグイ死にかたをしました。(涙)
このとき錆兎は、義勇よりも強かったのに、それなのに死んでしまったのは、義勇でなくても、私も受け入れられない気持ちになります。
義勇がどうしてもこの理不尽な現実に、後ろ向きになってしまうのがわかるような気がします。
冨岡義勇 の過去
義勇が鬼殺隊に入ったいきさつ
『鬼滅の刃公式ファンブック鬼殺隊見聞録』の冨岡義勇の「大正コソコソ噂話」は、以下の通りです。
「病死した両親の遺産で姉と二人暮らしをしていましたが、姉の蔦子が鬼に殺されたと周りに言ってしまったため心の病気だと思われてしまい、遠方にいる医者をやっている親戚のうちへ連れて行かれた最中に逃げ出し、山の中で死にかけていたところを、鱗滝さんの知り合いの猟師に助けられました」
冨岡姉弟が鬼に襲われたとき、姉の蔦子は義勇をとっさに隠し、鬼にわからないようにして、自分だけ殺されました。
蔦子は翌日結婚するはずだったのに、ひどい話です。
これが、義勇の最初の大きな精神的打撃となりました。
どんな理由であれ、最愛の家族を突然うばわれたら、誰だって気持ちが混乱しておかしくなりますよ。
それなのに、鬼に姉を殺されたと言っただけで、義勇は遠方の医者の親戚の所に行かされるなんて、義勇の身内は彼の財産を横取りするためにしたんじゃないかと、私は疑ってしまいます。
おそらく義勇の身内は、姉を殺されてすっかり取り乱している義勇を、気がおかしくなったと誤解したのか、それともそのように仕立てたのでしょう。
でも、義勇は逃げ出して山で行き倒れになったものの、親切な猟師に助けられ、鱗滝の所に行けたので、本当によかったと思います。
このように見ていくと、これはこれで運命だったのかなとも思えます。
錆兎との出会いと別れ
義勇は13歳のとき、そこで同じ年の錆兎と出会いすぐ意気投合し、すっかり仲良くなりました。
まさに運命の出会いだと思います。
義勇と錆兎は、13歳か14歳で最終選別を受け、このとき村田も参加していました。
義勇は最初に鬼に襲われ怪我をして、もうろうとしているところを錆兎に助けてもらいました。
義勇はそのまま山小屋に連れていかれ、昏睡状態のまま村田に介抱され、7日目に気がつき生き延びて選別に受かりました。
しかし、自分を助けてくれた錆兎は、山から戻ってきませんでした。
この残酷な現実に義勇は、悲しくてつらくてどうしようもなくて、涙が止まらなく食事さえも通らなくなりました。
これも、義勇の二度目の精神的大打撃となりました。
こんなにも一番大切な人を二人もうばわれたら、私なら立ち直れたかどうかわかりません。
胡蝶しのぶが体格的にムリなのに、それでも鬼を倒す執念がすさまじかったのは、やっぱり愛する人を理不尽にうばわれた憎しみと怒りで、どうしても許せなかったんですね。
怒りは、本当にものすごい起爆剤になりますから。
現実におこっている戦争も、結局は大切なものや人をうばわれた憎しみ、悲しみ、怒りから起きていると思います。
さて、話がそれてしまったので戻します。
義勇は自分の不甲斐なさを責めて、自分が強かったら錆兎一人に背負わすことなく、死なせることもなかったのにと、ずっと心の奥底で自分を責め続けたと思います。
錆兎の死は、義勇の大きなトラウマになりました。
蔦子姉さんの死でさえもトラウマなのに、さらに大きなトラウマを抱えて、義勇は生きてゆくことになりました。
「俺は水柱になっていい人間じゃない」の真意とは?
『鬼滅の刃』15巻第129話の柱合会議で、義勇はほかの柱たちにむかって、「俺はお前たちとは違う」と言った言葉も似たようなものです。
不死川実弥(しなずがわさねみ)と伊黒小芭内(いぐろおばない)から誤解され、嫌われているのに、義勇は自分の言葉足らずが全然わからないままでした。
お館様の産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)と竈門炭治郎(かまどたんじろう)だけが、義勇のこの言葉の意味を、心の内を理解できたのでした。
「俺はお前たちとは違う」なんて、面とむかって言われたら、誰だってムカッときますよね?
実弥が「俺たちを見下してんのかァ?」と怒るのもムリないことです。
義勇は自分がなぜそう言うのか、理由をきちんと説明したら、こんなに嫌われることもなかったと思います。
言葉足らずもここまでくると、どうしようもないですね。
義勇は選別のとき、負傷して寝こんだまま7日間生き残りました。
鬼も倒さず助けられただけの者が、鬼を倒して生き延びた者と同等であるわけがないと、義勇は思い込んでいるのです。
つまり、本来なら選別に受かるような自分ではないと、義勇は自分自身を卑下しているのです。
錆兎のおかげで、運よくなれただけで、自分はそもそも鬼殺隊にいるべき人間ではないと思い込んでいました。
そんな自分だから、柱たちと対等に肩を並べていいわけないから、「俺は水柱になっていい人間じゃない」と言うんですね。
義勇は錆兎のかわりに、自分が死ねばよかったと思っていたのです。
錆兎から託されたものとは?
『鬼滅の刃』15巻第131話で、炭治郎は義勇の苦しみと自分の苦しみと重ねあわせてみていました。
炭治郎も痛いほど義勇の気持ちがわかりました。
自分よりも生きていて欲しかった大事な人が、それこそ自分を守って死んだりしたら、えぐられるようにつらい。
錆兎が生きていたら、当然水柱になって活躍していたでしょう。
それもあって、義勇は自分が代わりに死ねばよかったと思ってることを炭治郎が理解できたのは、自分も同じことを思ったからです。
「煉獄さん 命をかけて俺達を守ってくれた」と、炭治郎は煉獄杏寿郎(きょうじゅろう)のことを思い出し、代わりに自分が死んだらよかったんじゃないかと思いました。
でも、伊之助に「信じると言われたなら、それに応えること以外考えんじゃねえ」と、言われたことで思い直しました。
どんなに惨めでも、恥ずかしくても、生きていかなきゃならない。
義勇はこんな苦しい思いをしながら、自分を追いこみ、たたき上げて水柱になったんですね。
炭治郎は義勇のことを何も知らないから、とやかく言える立場ではないことをわきまえていましたが、どうしても一つだけ聞きたいことがあったので、
「義勇さんは、錆兎から託されたものを繋いでいかないんですか?」と尋ねました。
その瞬間、義勇は「パアン」と、錆兎に頬を張り飛ばされた衝撃と痛みが、あざやかによみがえりました。
「自分が死ねば良かったなんて、二度と言うな」
「もし言ったら、お前とはそれまでだ」
「友達をやめる」
「他の誰でもない お前が…お前の姉を冒涜するな」
「お前は絶対死ぬんじゃない」
「姉が命をかけて繋いでくれた命を」
「託された未来を」
「お前も繋ぐんだ義勇」
義勇はハッと我に返って、ありし日の錆兎の言葉を思い出しました。
「何故忘れていた?」
「錆兎とのあのやりとり」
「大事なことだろう」
義勇は自分に対して責めますが、義勇が忘れてしまったのは仕方がないことです。
義勇は錆兎を失った悲しみがつらすぎて、錆兎との大事な思い出すらも封印してしまったのです。
人は自分では処理しきれない感情や苦しみから逃れるために、現実逃避したり、嫌なものに蓋をして忘れようとします。
そうでもしなければ、本当に精神がこわれてしまうからです。
「未熟でごめん…」と蔦子姉さんと錆兎にあやまったけれど、私からみればこれほどの苦しみに耐えて、よくぞ柱までになったなぁと感心しましたよ。
錆兎も蔦子姉さんも、義勇が立派な水柱となって、責務を全うしている姿をあの世からよろこんで見ていると思います。
炭治郎のおかげで、義勇は本来の自分を取り戻しました。
でも、義勇が炭治郎と最初に出会ったとき、炭治郎の言葉を無視して禰豆子を殺していたら、このようにはならなかったでしょう。
「情(なさ)けは人の為ならず」と言いますが、まさに義勇自身も炭治郎と禰豆子に情けをかけ助けたことで、自分もこうしてめぐりめぐって救われたのですね。
私は二人のやりとりを見て、なんだか泣けてきました。
これでようやく義勇は、ほかの柱たちと歩みよって一致団結し、無惨討伐へと突き進んでいくことができました。
義勇と錆兎と真菰との関係は?
真菰(まこも)は、謎の少女ですね。
年齢はおそらく同じ年のように見えます。
おたがいタメ口なので、そう思いました。
公式ファンブックには、真菰は菜の花が好きと書いてありましたが、そんなことよりプロフィールとかエピソードの方が知りたいですね。
ファンブックと言うわりには、あまりファンのニーズにこたえていないように思います。
『鬼滅の刃』23巻第205話で、義勇の子孫の義一と生まれ変わりの錆兎と真菰が、同じスイミングスクール仲間で、錆兎と真菰の生まれ変わりの二人は、義一の親友となってました。
ということで、おそらくこの3人は、鱗滝の所でも仲良し3人組だったと思います。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
ほかにも義勇について、詳しく知りたい方は、以下のページをご覧ください。
☞「冨岡義勇と胡蝶しのぶの関係は?好き同士?那田蜘蛛山編を考察!」



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