アニメでは光の小人の正体や、炭治郎以外どうして目覚めることができたのかよくわからないので、『鬼滅の刃』7巻第54話から第58話まで原作のマンガをもとに解説します。
ネタバレ注意です!
下弦・壱(いち)の魘夢(えんむ)は、どうやって乗客を眠らせたのか?
車掌が切符をきって近づいてくると、炭治郎は「何だろう嫌な匂いがする…」と思った時、鬼が出てきて煉獄さん(煉獄杏寿郎)が、カッコよく瞬殺し炭治郎たちはすっかり舞い上がってしまいました。
炭治郎や伊之助、善逸3人とも、「煉獄の兄貴」と煉獄さんに言い、炭治郎は「弟子にしてくだせぇ」と言うくらい感激し、ほかの二人も賛同してました。
面倒みのいい煉獄さんは、「みんなまとめて面倒みてやる」とほがらかに受けあいます。
これですっかり警戒心がお留守になり、それからぐっすり4人は眠りこんでしまいました。
それでも、炭治郎の鋭い嗅覚は嗅ぎとった鬼の匂いに、夢の中でも警告を出していました。
だから、一番愛する家族に会いまた一緒にいられると喜んだけれど、炭治郎は信じられず動揺していたのでしょう。
それで夢だとわかり、なんとか目覚めようと本能のまま、禰豆子の助けも借りて現実にもどりました。
おそらく鬼が車両に出なかったら、鼻のいい炭治郎はすぐ切符の匂いに気づいて、たやすく眠ったりしなかったでしょう。
後で炭治郎はめざめてから、切符にかすかな鬼の匂いをかぎ、切符をきったとき眠らされたことがわかりました。
実は魘夢の血鬼術は、インクに魘夢の血を混ぜた切符を車掌が切り、鋏痕(きょうこん)をつければ、術が発動する遠隔術でした。
この術は気づかれないのが一番大事で、夢だと気づくまで現実と思わせておくものでした。
魘夢にしてみれば、鬼狩りであろうと幸せな夢をずっと見ていたい欲求には、誰も逆らえないと思っていました。
しかし、鬼殺隊のなかでも精鋭の隊士たちに通用しなかったのは、鬼の禍々しい気配を本能的に察知していたからだと思います。
魘夢(えんむ)は、どうして人を使って、隊士たちの夢に入らせたのか?
『鬼滅の刃』7巻第56話で、魘夢がなぜ人を使って夢に入らせた説明があります。
「眠り鬼・魘夢の作った縄は、繋げた者の夢の中に侵入できる特別な能力を持つ。
魘夢の見せる夢は、無限には続いていない。
夢を見ている者を中心に円形となっている。
夢の外側には無意識の領域があり、無意識の領域には“精神の核”が存在していて、これを破壊されると持ち主は廃人になる。
魘夢は細心の注意を払っていた。
術に落ちていたとしても、殺気を敏感に察知し、鬼狩りは術を破る可能性があった。
だからこそ、まず“人間”を使って鬼狩りの“精神の核”を破壊し、廃人にした上で肉体を殺害するつもりだった。
“精神の核”を失った者は、殺される時ですら何の抵抗もしない」
第55話で、魘夢の意味深なセリフがありますよね。
「どんなに強い鬼狩りだって関係ない。
人間の原動力は心だ精神だ。
“精神の核”を破壊すればいいんだよ。
そうすれば生きる屍だ。
殺すのも簡単。
人間の心なんてみんな同じ。
ガラス細工みたいに脆くて弱いんだから」
なかなか核心をついてますね。
確かに人の原動力は、心、エモーション(情動、感情)です!
炭治郎もカナヲと別れぎわに、「人は心が原動力だから」と同じように言ってましたが、しかし魘夢とは反対に「心はどこまでも強くなれる」と言ってました。
おもしろいですね。
人の心は、弱いのか強いのか?
どちらも、そうです。
人それぞれ違うから。
私が思うに、魘夢は鬼殺隊をなめてますね。
そんなガラス細工の心だったら、そもそも鬼殺隊の隊士なんてやってられません。
ほかにも魘夢は、無限列車の先頭車両と、自分の本体を一体化するために時間が必要だったので、時間かせぎのためでもありました。
無限列車の炭治郎の心の中(無意識領域)は?
第57話で炭治郎の無意識領域に、結核の青年が入り込みます。
私は初めてアニメで、その景色を見たとき、ボリビアのウユニ塩湖を思い出しました。
高砂淳二氏のフラミンゴの写真に、とても似ていたからです。
美しい天空のブルーと、鏡のようにそれを映している湖面。
青年がどこまでも広く美しい景色に見とれてしまうのも、ホントによくわかります。
第58話で、炭治郎の心の中の説明があります。
「炭治郎の心の中は暖かかった。
空気は澄みきって心地良く、さらに光る小人が存在している。
これは炭治郎の優しさの化身である」
光の小人たちは、突然の侵入者に対していっさい警戒せず、むしろ喜んで迎えいれています。
私は驚き、感動しました。
炭治郎の心の中は、疑いも不安も恐れもなく、ただ慈しみの愛に満ちあふれているんですね。
炭治郎の精神の核と小人
そうして、「光る小人は青年が“精神の核”を探しているのを察すると、手を引いて案内した。
光とぬくもりの発生元である“精神の核”を前にして、青年は何もできずただ泣いた」と、作中で書かれていました。
人は温かい思いやりの言葉やぬくもりを感じると、うれしくて感極まって泣くことがあります。
まさに青年は、つらく悲しい人生のなかで、本当の人のやさしさとぬくもりを感じて、炭治郎の無条件の愛につつまれて、感極まって泣いたのだと思います。
青年の心は、癒されたと思います。
青年は「暖かい…ずっとここに居たい…」と思いましたが、炭治郎は自力で目覚めたので、現実世界に引きもどされるときに、青年は光る小人を一人つかみ離さなかったので、炭治郎の心の一部である光の小人は青年の心にあり、暗く沈んでいた青年の心を明るく暖かく照らしました。
炭治郎の光る小人6人の理由
6人の数について、私ははじめ六芒星からきているのかなと思いましたが、数秘術ではどうなんだろうと調べてみました。
数秘術の6は、「調和・愛情・奉仕・美」を象徴する数字だそうです。
他者の世話を焼くことやサポートに喜びを感じ、暖かい包容力、面倒見の良さ、困っている人を見れば、献身的にサポートするお世話上手で、平和主義者でもあるといわれています。
炭治郎はまさに裏表なく、心の中も実際の行いもそのままだということですね。
人によっては、心の中は打算でいっぱい、ただ人によく見せようと、偽ることもよくあります。
しかし炭治郎は、ウソ偽りなく、ありのままの美しい心の人なんだとよくわかりました。
無限列車で炭治郎は自決したの?
炭治郎は夢の世界にはいったとき、夢と気づきませんでしたが、川の水面に映った現実の自分の警告で、やっと夢だとわかりました。
しかし自分でどうやって抜け出せるのか、わからないでいると、禰豆子(ねずこ)の爆血(ばっけつ)の炎で、魘夢の血鬼術が弱まり、炭治郎は覚醒していきました。
それでも、炭治郎は夢とわかっていても、家族と別れるのがつらくて判断が鈍っていました。
心の底から願っていることが、夢で体験できたら、誰でもずっととどまりたいと思います。
炭治郎はよく振りきって、つらい現実にもどったなぁと私は感心しました。
第57話で作者の説明を要約すると、炭治郎自身の本能の警告で、すでに気づいているはずの小さな手がかりを理解できないため、本人や父の姿を借りて出現し警告したということです。
父親の「炭治郎刃を持て、斬るべきものは在る」とは、どういう意味でしょうか?
つまり夢の中の死が、現実の目覚めにつながるのだから、切るのは自分の首ということでした。
そうして、炭治郎は夢の中で自分の首を切り、やっと目覚めて現実の世界に戻ることができました。
無限列車の夢から醒める方法は?
炭治郎は自力で目覚めたものの、禰豆子(ねずこ)がいなかったら、自力で現実にもどれたかわかりませんね。
禰豆子の血鬼術の爆血は、鬼の術を無効にしたり、浄化したりできるようです。
炭治郎は伊之助や善逸を起こそうとしても、二人は起きませんでした。
だから炭治郎は禰豆子に3人を起こすように頼み、自分は鬼を倒しにいきました。
無限列車で眠らされた伊之助たちは、どうやって起きたのか?
本編では煉獄さんたちが、どうやってめざめたのか描かれていません。
『鬼滅の刃』7巻第60話の前の幕間で、ワニ先生のイラスト付きの大正コッソコソ補足話で、「ねずこが煉獄さんたちの切符を燃やしたので、 三人は目覚めたよオッショイ!!本編に入らなくてゴメンヨ!」と書かれていました。
私が思うに、禰豆子は手っとり早く爆血で3人を燃やし、そのとき服の中の切符も燃えたから起きたのでしょう。
無限列車の夢の侵入者は、どうやって現実にもどれたのか?
炭治郎の縄を禰豆子が焼いたので、結核の青年も無事に現実にもどることができました。
炭治郎の勘のよさで、ほかの人たちの手首の縄を日輪刀で切らず、禰豆子の爆血で燃やしたおかげで、おさげの女の子たちも現実にもどれました。
もし日輪刀で切ったら、夢の主でない者は永遠に意識がもどらないという説明がありましたが、夢の侵入者は相手の夢の中に永遠に閉じこめられてしまうのでしょうか?
まあそれはともかく、おさげの女の子は怒って逆恨みし、炭治郎に襲いかかりましたが、炭治郎は彼女たちの気持ちを理解して気絶させました。
結核の青年は、炭治郎の光の小人のおかげで、また元のやさしい青年にもどり、炭治郎に感謝して見送りました。
炭治郎も自分の心に入った青年だと思いつつも、不治の病と知ると気の毒に思ったので、ホント炭治郎は、どこまでも思いやり深い人だなと私は思いました。
無限列車の結核の青年のその後は?
『鬼滅の刃』7巻第58話の説明は、以下の通りです。
「他人の夢の中に入るということは、非常に危険である。
夢はその持ち主の意識が強いので、共鳴して影響を受ける場合がある。
青年が、まさにそうだ。
故に、魘夢は人の夢に入らない」
それで魘夢は、鬼狩りが鬼の気配にとても敏感だから、できるだけ自分の気配を隠すため、人を使ってコソコソ夢に入らせたわけですが、やはり鬼狩りの夢のなかとはいえ、相手の領域で戦うと「ミイラ取りがミイラになる」可能性が大きいから、そんな危険をおかさなかったということですね。
ちなみに、もし魘夢が炭治郎の無意識領域に入ったら、たぶん感化されたでしょうね。
結核の青年ほどでなくても、魘夢も心ゆらいだり、過去を思い出したりしたかもしれません。
さて、結核の青年の名前もその後も公式には、何も書かれていません。
私の想像ですが、結核の青年はその後心穏やかに養生して、もしかしたら奇跡的に病気が治ったかもしれないし、治らなくてもやさしい光の小人のぬくもりを感じて、静かに死をむかえられたと思います。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
ほかにも炭治郎に関して、詳しく知りたい方は以下のページをご覧ください。
☞「鬼滅の刃たんとカナヲなぜ結婚?」

☞「炭治郎と無惨の初対面は浅草!」



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